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いいこと

今日は凄くうれしいことがあったのです!
以前から中に入ってみたくて仕方がなかったお屋敷を見学できました!以前某所を通じて申し込んだ時は、断られてしまったんですよね。
ところがある日、ゼミのせんせいが「○○御殿って知ってる?今度見学に行くことになったんだけど…」と仰ったので即座に「私も行きたいです!!」と、乗っかることにしました。こんな時こそ教授の肩書きを利用するのだわ。そのかわり、弁当の手配やらを頼まれましたが、まあ私の地元ですし、全然問題ないです。
見学会に来られていた人達は年配の方が多かったのですが、みなさんメモなどとりつつ熱心に説明を聞いておられました。みなさんお元気で、こころなしか服装も若々しい。私も、歳をとっても知的好奇心は旺盛でありたいものだわと思いました。
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by tou-g | 2005-10-30 22:59 | 日々

ひなたぼっこ

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最近、朝晩寒いですよねぇ・・・。
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by tou-g | 2005-10-28 22:09 | 日々

京都島原揚屋の角屋

やってしまいました・・・。
友人との待ち合わせに寝坊とかって・・・ありえない。(敗因は二度寝)
というわけで私は午前の「光の教会」は断念、午後から合流しました。


だから、島原は、行ってきましたよ~。
角屋はやっぱり素敵でした。入館料はちょっと高め(映画いっぽん見るくらい)でしたが、その価値有りだと思います。斬新かつ繊細。壁に螺鈿細工がほどこされていたり、襖の取っ手に七宝焼きが使われていたり、細かいところから数え上げればきりが無い。木造なのに、こんなに柱スパンとばして大丈夫なの?と思うところもありました。けれど今まで崩れることもなく、ちゃんと建ってるんですねぇ。中を案内してくれる人達も、すごく丁寧で親切です。「見えないところに贅を尽くす」「お金を掛けているのに(あからさまに)そうは見せない」という文化なんですね~。そういう考え方って格好いい。

『角屋(すみや)』は、京都西新屋敷にある江戸期にできた揚屋さんです。
現在は「角屋もてなしの文化美術館」として一般公開されています。
「揚屋(あげや)」という言葉は、私達にはなじみがありませんが、「太夫や芸妓を抱えず、「置屋(おきや)」から太夫、芸妓を派遣してもらって、お客様に遊宴をしていただくところ」だそうです。揚屋は料理を作っていたので、現在の料亭、料理屋にあたりますね。

角屋は、幕末、新選組筆頭局長芹沢鴨が、局長近藤勇ら一派に暗殺された夜、最期の宴を楽しんだところです。(この宴会で酔わせて寝込みを襲った。)
また、長州の久坂玄瑞が密議に使用した場所ともいわれています。


刀傷がいくつか残っていたのですが、かなり深くてびっくりしました。もうざっくり。壬生の屯所が近いですからね、新選組に所属するどこぞのバカが、腹いせに斬り付けていったそうですよ。こんなところ(花街)で刀を抜くことが武士らしさだと思ってるんなら大間違いですね。ちなみにガイドさん(?)が言うには、これだけの傷がつけられる人物はかなりの腕前の持ち主にちがいないのだけれど、こんなことに使用した日本刀は刃こぼれして使い物にならなくなったと思われるそうです。(ほんとにバカだ)


混同している方が多いと思うのですが、島原は「遊廓」ではなく「花街(かがい)」です。「太夫(たゆう)」と「花魁(おいらん)」は別物です。

まず明治以前の歓楽街は、業務内容で「花街」と「遊廓」に分けられます。
「花街」は歌や舞を伴う遊宴の町であり、一方「遊廓」は歌や舞もなく、宴会もしない、歓楽のみの町でした。ちなみに「花街」はいまでも京都にありますが、「遊廓」は現在、日本の法律で禁止されています。(かつて江戸にあった吉原が、遊郭にあたります)
太夫は傾城(官許により遊宴の席で接待する女性)の芸妓部門の最高位です。舞や音曲の他に、お茶、お花、和歌、俳諧などの教養を身につけていました。ところが花魁は芸を披露しないため、歌舞音曲を必要としません。まさしく娼妓部門の最高位となります。外見上では帯の結び方に違いがあるそうな。



ところで上記に出てきた久坂玄瑞は、もとは医者の息子で、吉田松蔭の弟子です。高杉晋作と並び、『松下村塾の双璧』と称されました。
倒幕運動の中心人物として奔走しましたが、「禁門の変」で自刃します。

最近、某人気少年漫画に出てくる大佐さんと中佐さんが、この二人と似ているなぁと思います。(久坂の)死ぬタイミングとか。ってこんなこと書いといて、どっちの見地から見てもマニアックだな私!とか思う。
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by tou-g | 2005-10-27 20:15 | 日々

饗すを業とする他

明日は花街に行ってきます。

ふふふ、京都島原の「角屋」を見学に行くのです。楽しみー。
学生のうちに一度は行っておかねばと思っていたのです。ああ、角屋。授業で聞いたり雑誌でみたことがあるのですが、それはもう、隅から隅まで意匠を凝らした素晴らしい揚屋建築です。襖、障子、天井などは、日本建築ではなかなか見られない大胆で雅なデザインがなされているのですよ。
大学の友人らと、午前は「光の教会」(設計:安藤忠雄)、午後は「角屋」の二本立てで行ってきます。
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by tou-g | 2005-10-26 22:06 | 日々

まよなかの我が家

おうおう、大変でした。

弟の部屋の、熱帯魚の水槽が水漏れしていました。
協力要請があって、弟と二人とりあえず応急処置をして、事態が収束したのがさっきですよ。
朝になったら父上の指示を仰ぐとしましょう。

水は重い。水槽も重い。ついでに砂利も重い。
魚を救出して、水を抜いて、持ち上がる重さになったところで下にビニールを引き込みました。

それを見に来るうちのペルシャ猫(来なくていい)。

厄介ごとからはさっさと避難する三毛猫(御年15歳)。

そして今から宿題にかかる弟(なかなかしぶといな)。

静かに夜は更けていきます。
いや、静かに更けていってくれ!(じいちゃんとばあちゃんが起きる)
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by tou-g | 2005-10-25 01:47 | 日々

ドラマティックエレクトリック

電力会社の歴史を調べてるんですが、これが意外と面白いです。

現在日本では、九つの電力会社が各地域の電気供給を担っているのですが、昭和初期に電力の国家管理に踏み切るまでは、民間やら市営やらたくさんの電力会社がひしめいていたわけです。彼らの功防戦の様子がなかなかスリリングなんですよ。私は社長とかになりたくないなぁと思いました。
さらに電力国家管理に移行するにあたって、電力協会が「国家管理はもはや電気問題ではなく思想問題である。・・・(中略)・・・我々は日本国民として、日本全体のために、もっと大きな見地からこの問題を検討する必要がある(会長演説より)」と激しく抵抗する一方で、陸海軍が国官の支持にまわるなど、手に汗握る展開が…。

知らなかったドラマティックな世界を覗き見て楽しんでおります。
どこにでもドラマがあるんですねぇ。
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by tou-g | 2005-10-24 22:59 | 日々

こんとあき

d0043682_1782030.jpg林明子 さく

こんは、 あかちゃんを まっていました。

こんは、 おばあちゃんに あかちゃんのおもりを

たのまれて、 さきゅうまちから きたのです。



めっちゃかわいいお話です。
きつねのぬいぐるみ『こん』と、おんなのこ『あき』が電車に乗っておばあちゃんの家まで旅をします。
小さなあきちゃんよりももっとちいさな体で、こんはどんなときも「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とあきを導いてくれるのです。
しっぽをドアにはさまれても、犬にさらわれても。
あきを必死で守ろうとする、またあきに心配をかけまいとするこんのけなげな姿がたまりません。

こんにとって、あきは愛しくてならないのですよ。
あきが赤ちゃんのときから、見守りつづけてきたのですから。

そしてあきも、ぼろぼろになってしまったこんをおぶって、おばあちゃんの家まで走るのです。
小さい女の子にとって、だんだん夜が近づいてくるなか、知らない街をたったひとりで(こんもいますが)走るのは大冒険だったことでしょう。
無事に冒険をなしとげたあきは、ひとつ、おおきくなったにちがいありません。



おばあちゃんの家にたどり着いた二人。
こんはおばあちゃんの手によって、もとどおり、きれいなきつねに戻してもらいました。
あきの前では妙に大人びているこんも、おばあちゃんの前ではすこしだけ、
甘えたになってしまうのです。微笑ましいね。


さいごまで読んで、もう一度最初のページに戻ってみてください。
じーんと幸せな気分になりますよ。
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by tou-g | 2005-10-23 17:22 | 書評(絵本)

おにがわら

今日はゼミでお寺の解体修復工事の見学に行ってきました。
向こうの人いわく「今が見頃ですよ」。
そんな、桜の開花予想じゃないんだから…。
床下から屋根の小屋組まで、(隅から隅まで、ずず、ずいーっと)見せていただきましたよ。
さすがは日本建築、見事な組みものの技だなあと感嘆するところもあれば、おや案外アバウト、いいのか!?とびっくりするところもありました。


d0043682_2124473.jpg瓦の見分け方を教えて戴きました。これは室町時代の鬼瓦。分厚くしっかりしていて、全体的につくりが丁寧。黒目と白目の境が、溝を掘って描かれています。





d0043682_21225690.jpgこちらは江戸時代。室町時代と比べると、瓦は薄く、なんていうか大量生産型になってるんです。両サイドの丸い模様も、上の室町のものは本体に穴をあけて、わざわざ別に作ったぽちぽちをはめ込んでるんですが、こちらは丸い型押しをポコポコ押し付けただけになってます。

さらにはっきりした違いは目玉です。江戸時代のものは、黒目部分がくりぬかれて表現されてるんですね。

どちらのタイプもいくつか見せていただいたのですが、やはり室町時代のもののほうが、それぞれ愛情込めてつくられてる感じがしました。せんせいが言うには、室町時代には瓦葺の建物なんてほとんどなかったんだって。だから瓦が使われるとしても高級な建物だけ。職人さんもじっくり手間と時間をかけられたのでしょう。江戸時代には瓦を使うのは普通になっているから、たくさんの需要に応えられるような作り方になったんだね。
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by tou-g | 2005-10-21 21:36 | 日々

ゆうべの夢の話

今日は何か凄い夢を見ました。
私は基本的に眠りが深いらしく、夢なんてほとんど見ないし見ても目が覚めた瞬間忘れてることが多いから、夢を覚えてる時点でもう快挙。
以下その夢の内容。



第一部。
うつくしい南の島でキャンプをしてるのですよ。
それはもうほんとにきれいな海で、真っ白なきめ細かい砂が心地いいのです。
水辺のすぐそばまで森が迫っていて。
そこにテントをはって、私とあと二人(←誰だったんだろう)でキャンプをしてるんですが、夜になって潮が満ちてきて、テントのすぐ脇まで水がきてしまうのです。で、おかしなことに水が満ちてきたところは浅瀬じゃなくて、一気に深くなるの。夢のなかでは「砂が細かすぎるからなんだね~」とかいって納得してるんですがね(笑)。

その光景がとっても美しかった!
夜なんだけど、水の中はむしろ明るいんですよ。
明るくて碧くて透明で、当然底まで透き通って見えるのね。けっこう深くて。
めっちゃ神秘的だった。

私は水着を持っていなかったから、今着てる服を濡らしちゃったらまずいかなぁ他に着替えあったっけ?なかったらいっそ裸でもいいか(←ちなみにあと二人のうち一人は男性だったが、その辺はどうでもよかったらしい。今考えると二人とも知らない人なんだよな、夢の中では友達だったけど。)とか考えつつ隣にいた友人に「泳がない?」と誘ったところでこの夢は終わり。


で、第二部開始。
第一部とは南の島つながりらしい。
今度は小さな湾になっているような地形で、やっぱり白い砂浜で碧い海なの。
森もあったな。夢のなかでは当然のごとく日本だと思ってたけど、日本だとしたらすごく南の○○島とかだと思う。で、なんでかそこにホッキョクグマとペンギンとイルカがいるんですよ!南の島なのにホッキョクグマ(この前動物園で実物見てきたからか、リアルにでかい)!三匹はめっちゃ楽しそうに泳いでいました。

私はそれを大学の友人(今度は実在の人物)の一人と一緒に見てました。
するといつのまにかたくさんの幼稚園児と数人の保育士さんが現れて、水の中(足のつく深さ)でお遊戯を開始するのです。それがまた可愛くて上手でみんな楽しそうで、なんかわくわくしながら見てました。「すごいねぇ!」彼らは恐ろしいことに、こどものくせに4段タワーまでやってのけました。ウォーターボーイズとかでやってるアレです。もっとも最下段が四人とかじゃなくて、なんかいっぱいわらわら集まってましたが。タワーをやってる面々はなぜか揃いの半被、しかも赤穂浪士が着てたみたいなやつのうえに真っ黒のやつを重ね着してた。それを見た私は、う~んさすがはT幼稚園(私の母校)衣装まで気を抜かないな、私の子供も絶対ここに入れようとか真剣に考えてました。
クライマックスに近づくと、なんとホッキョクグマとペンギンとイルカもショー(?)に参加。それはもういきいきしてて、凄くて、なんだか私は興奮して感動して胸があつくなりました。デジカメでパシャパシャ写真を撮って、「うわ~凄いもん見てもたこれは絶対ブログに書くぞ!!」

と思ったところで目が覚めました。
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by tou-g | 2005-10-20 10:39 | 日々

ロッカーがほしい

今欲しいものは研究室にロッカー。

なんか資料が凄い勢いでたまってきてサ。
うち自分のデスクもロッカーもないのに。
しょうがないので今は片隅に自分コーナーを勝手に造ってますが、ここも一週間ともたないね。

いや、私本格的な資料集めとかしたことなかったんですけど、
なかなか手間のかかるものですね。

せんせいはとりあえず必要な(に、なるかもしれない)部分は全部コピーとっとけと仰るのですが、ちょっと待て!社史とか、コピー取りはじめたらほとんど全部なんじゃ・・・!紙がもったいないねぇ(貧乏性)。


あ、結局K電力の歴史について調べることになりました。
11月からがんがん調査に入るそうな。

「調査にはいるまでに、社史は全部目を通しておいてね。」

といわれました。

せんせい、社史といっても10年史と25年史と『30年の歩み』と50年史と100年史(みたいなもの)があるんですが、これ総勢何kgですか?
(さっき一番軽そうな25年史を測ってきたら2.5kgでした。)
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by tou-g | 2005-10-19 23:34 | 日々